雷の季節の終わりに

雷の季節の終わりに (角川ホラー文庫)

雷の季節の終わりに (角川ホラー文庫)

圧倒的な世界観。

初めて読んだ時、手にとってから一気に読み終えてしまったのを覚えている。



私たちの住む世界とは異なる世界「穏」に暮らす少年。

雷の季節、彼は唯一の肉親である姉を失う。

それと同時に、彼には得体の知れない何かが憑依していた。

異界「穏」にひそむ秘密を知るにつれ、

彼は運命の波によって、彼の在るべき世界へといざなわれてゆく。



読み始めた直後には、恒川光太郎の語感や表現に物足りなさを感じていたのだが(これは恒川氏独自の文体に慣れていなかったということだ)、

物語が展開するにつれ、そういった些細なことはどうでもよくなってしまった。

というよりは、彼が作り上げる少し暗くて幻想的な世界には、
彼の透明な文体が適しすぎていて気にすることに意識が向かないのだ。


まるでブラックホールに吸い込まれたかのように、私は見知らぬ世界「穏」へと吸い込まれていたのだ。

異界を描いたファンタジーは多く存在するが、「雷の季節の終わりに」が描く世界観は、あの「指輪物語」や「ハリーポッター」の世界観にさえ、負けない魅力を持っていると思う。
「雷の季節の終わりに」に続く第3作「秋の牢獄」では、守り人シリーズで有名な上橋菜穂子をして、「これは現代の遠野物語かもしれない」と言わしめた。
その感覚はこの作品でも感じることができるだろう。


作中では「穏」という世界の美しさと残酷さが語られるが、その世界観が、逆に「私たち自身が暮らしている世界」への考察を与えてくれる。明示的には描かれてはいないが、筆者による「私たち自身の世界(実世界)」への批判や疑問を強く感じた。

唯一歯がゆい点は「穏」と「私たちの世界」との比較が、作中の登場人物たちによってなされない点であろう。その比較は読者自身の手にゆだねられている。

どちらの世界にも属しきれず、よりどころがないことに思い悩む主人公の葛藤には考えさせられるかもしれない。
静かな夜にひっそりと、水墨画のような恒川光太郎の世界に浸ってみることをおすすめしたい。